Creators Forge a Space of Solidarity to Challenge the World Together
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設立当初から3期に渡り「インキュベーション」と呼ばれていたこのプログラムは、4期目を迎える今回から「リーグ」という形に名称変更をした。1期の内容をひとことで言えば「建築版の東大アントレ道場」で、たしかに「インキュベーション」的な支援プログラムのモデルを参照して始まった。初歩的なビジネスに関するレクチャーとメンタリングを2ヶ月繰り返し、最終発表会で投資家などに向けてピッチをした。メンターには活躍されているスタートアップの起業家などを招き、企画中のビジネスモデルに対してフィードバックをもらっていた。しかし、参加者の実態や分野の特性などを踏まえて、より成果の生まれる方向性へと毎年のように内容が更新されていく中で、明らかに一般的な「インキュベーション」とは異なる特徴を備えるようになった。ここでは、「インキュベーション」という形式の限界と、それを乗り越えるために生まれた「リーグ」という在り方について紹介したい。
そもそもスタートアップにおける「インキュベーション」とは、新規事業の立ち上げを目指しているがまだアイデアやプロトタイプの段階にある創業前後の起業家に対して、将来的に出資を検討している投資家、特にベンチャーキャピタル(VC)が出資に至るまでの支援を行うプログラムを指す。最近では自治体による中小企業支援・創業支援の取り組みなどとも合流し、必ずしも出資を伴わないインキュベーションも増えている。
そのような一般的なインキュベーションプログラムとASIBAの本プログラムの違いとしては、「メンタリングをしない」「事業計画を組まない」「ピッチをしない」「出資をしない」などがあげられる。
インキュベーションは誰になにを提供しているのか。プログラム提供者として真剣にこの問いを考えれば考えるほど、ひとつの大きな矛盾に辿り着く。すなわち、自ら事業を起こすような主体性を持つ人は相談相手や知識が必要であれば自ら掴みにいくため、別に提供してもらう必要がない。逆に、そのような受動的な場を設けると、提供されることを待つような参加者が増えやすく、インキュベーションが対象としていたアントレプレナー像からは離れてしまうことが多いのではないだろうか。もちろん、個人でネットワークを広げることは難しく、その最初の足がかりとするためには非常に重要な機能であり、普通は話せないような相手と会うこともできるため有効活用するべきだ。だが、まるで教育機関のような「提供者ー受益者」の関係性は、表層的な実利とは別の構造的な歪みを孕んでいるように思う。
また、クリエイティブ領域のプロジェクトの多くはそれぞれに特有の状況やニッチな文脈があるため、本人にしかわからない感覚や説明のできないロジックに基づいて進めなければいけないことが多々ある。しかも、既存市場での収益最適化を目指すようなわかりやすい旅路ではなく、まだ市場のないフィールドで新たな可能性を模索するようなプロセスがほとんどである。解像度の低い年長者のアドバイスを真に受けて進路を変更するよりも、外野の声をスルーして自分の声を聞く力を身につけたほうが、そのような正解のない道を歩くために有用なコンパスが育つのではないか。
以上のような理由から、ASIBAでは「教えるー教わる」ではなく「ともに学ぶ」という姿勢を重視して、「メンター」ではなく「バディ」という役割を設けた。プログラムのOBOGや同年代で活動している仲間を誘い、ほんの一歩先でプロジェクトを進めている当事者として現役の参加者と肩を並べてもらう。ともに問いや悩みを共有し、ときには参加者側からヒントを得て進むことすらある。渾然一体とした集まりの中で、参加者もバディも運営も、それぞれが自らのプロジェクトを進めつつ支え合うような状態をつくっている。
「事業」はあくまで手段である。もちろん、事業化させることがCreative Leagueの大前提にありつつも、それが目的ではない。自らの問いや視線を社会に対して様々な形で提示してきたデザイナーや研究者やアーティストや建築家が、グラフィックや論文やアート作品や建築ではないメディウムを用いて、その実装を達成しようとすること。特にそれを「事業」的な方法で実現しようとすること。それがこのプログラムに集まる多様な若手らの、唯一の共通項かもしれない。
このように「事業」を捉えると、彼ら/彼女らにとって重要なのは計画の再現性ではなく、むしろ再現不可能な部分であると気づく。数字や計画から抜け落ちてしまうものを形作ろうとしているのだから、事業計画から始めることは本末転倒である。そのため、形ができるまでは暫定的に実験を続け、形ができてから振り返るとはじめてー点と点が繋がって線となりー計画に落とし込めるのだろう。
エクイティが悪いとかデットがいいということではなく、事業の形や創業者の目指している規模感に合わせて適切なファイナンスをする必要がある、というありきたりな話である。ただ、エクイティに関しては(よく言われているように)、出資者と起業家の間での情報格差が大きく、かつ、一度エクイティで調達してしまうと別の調達方法に移行することが難しくなるため、原則こちらから提案することはない。その代わり、選択肢ができるだけ広がるように様々な資金源をーときには別のアクセラレーションプログラムの開発支援金なども含めてー紹介している。
この3年間でASIBAのプログラムに参加した若手プロジェクトの数は100を超えた。さらに、そこから創業に至ったプロジェクトは6社に及ぶ。王道のスタートアップのように資金調達をしてプロダクトを伸ばそうとしているメンバーもいれば、よりクリエティブファームに近いようなクライアントワークと自社プロダクトを並行して走らせているメンバーもいる。あるいは、独自のスポンサー制度に基づいた第三の道を歩もうとするプロジェクトもあったりと、それぞれが自らに合う資金の形をデザインしているといえるだろう。
さらに、いくつかのプロジェクトについては、ASIBAとの共同事業化という形でプログラム後も継続的に伴走している。ASIBAがプロデューサーやデザイナーとして入り、パートナー企業や連携自治体とともに協働プロジェクトを立ち上げることで、単体のプロジェクトでは生み出せない場や企画を生む。インキュベーターや投資家としてただ資金や場所を提供するのではなく、ASIBA自らが手を動かし同じようにリスクをとることで、成果物のクオリティやオリジナリティを担保している。
「League」とは、英語で「連帯」のことである。ここまでの内容でもわかる通り、もはや「教えるー教わる」や「支援するー支援される」「運営するー参加する」といった単純な構図はASIBAには存在しない。プログラムの境界を超えて、ASIBAのエコシステムにいるプレイヤー同士が、多様な形での学び合いや支え合いを行っている。それが教育コストや運営コストを抑えるためではないことは、すでに伝わっているはずだ。正解のない道を歩くためには、互いの経験やネットワークや熱量を持ち寄り、自分たちの手で正解を見つけ出していくしかない。
始めてから3年も経つと、本当に多様なメンバーがいることに改めて気付かされる。当初はアントレ教育からの影響もあり、起業や独立をすることが絶対善のような感覚があったが、振り返ると重要なのは、生き方の選択肢が多様であることやそれが誰しもに開かれていることだと思う。起業志望で参加したメンバーが数年経ってデザイナーとしてASIBAのコミュニティに戻ってくることもあれば、リサーチャーとして参加していたメンバーが数年後に独立していることもある。それぞれがそれぞれのタイミングで「連帯」に関わり、離れ、また戻り、その有機的な繋がりの中で、次の社会の種となるような可能性が生まれていくと信じている。
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